タジマエンジニアリングはCB系のメンテナンスでは全国的にも有名な店で、もともとホンダのメカニックだった田島歳久が代表を務める、ホンダウイング店だ!!
そういえば昔買っていたロードライダーにも載ってた記憶がある(いや、今も載ってるよ)。
福岡に越してきて2か月。一番気がかりだったのがUAVの練習、、ではなく(いや、それもとても気になっている)僕のCB750Fのメンテだ。自分で扱えるはずもなく、むしろTAROも載せるのに自分の素人整備で乗ること自体が危険だ。いや、冗談ではなく。しかも旧車であり、プロに任せるのが最も安全に安心して乗れると思っている。
言葉を選ばずにいうと昔のバイク屋さんの態度は横柄で「そのくらい自分でやれよ」「この店で買ってないもの持ち込むな」位の勢いだった。事前に言ってオイル交換しに行ったらオイル缶を渡されて「家でやれ」なんて言われた事も。アパートで作業できないし工具もないから頼んでんのに。近所の某バイク屋さんは原付のスタンドの部品を頼んだら「そんなボロいの、直すなら買いなおせ」と言われたこともある。今でも通る度にいやな思いになる。
そんな事はザラだったので、ある意味TTRの林さんのフランクさにはびっくりしたもんだ(笑。最後は息子ちゃんと奥さんにも挨拶できたし、今もツーリング行ったら写真送ったりしている。
ともかく福岡に帰ってきて、CBに何かあったらどうすんべ、というのは僕のバイクにとって最大の懸念事項だった。当然林さんに相談して、どこに持ち込めばいい?って聞いたらタジマの村嶋さんに持っていったらいい。すごい腕のいいメカニックだから、と。
しかし
こんなに早くタジマエンジニアリングに行くことになろうとは…。ちょっと前からクラッチの切れが悪かった。信号待ちで1速で待ってるとちょっとづつ進んでしまう。
「あークラッチ伸びてるか、切れてんなぁ」
先日大分の玖珠にTAROを載せてプチツーリングに行った際に、いよいよ信号待ちで1速が入らなくなってしまった。仕方ないのでギアで走りながら合わせて変速し、気を使いながら家まで帰った。
直しに行かなきゃ。梅雨明けたら阿蘇に泊りでタンデムツーリング行くんだし。
週明け、タジマエンジニアリングにTEL。こういう時はいつも緊張する。バイク屋さんってさっき書いたように塩対応されるとこが多いから。正直クラッチワイヤは以前XJR400に乗ってた時に自分で交換した事があり(しかも簡単)、そんなん自分でやれと言われるんじゃないかとびくびくして電話したが、正直「TTR林さんの紹介です!」って言えば邪険にはされまい…と思ってはいた(笑
こういう時は、目的をはっきり言う必要がある
DAFU
「すみません、CB750F ですがクラッチの様子がおかしくてワイヤだと思うんですが、今度の日曜日に見てもらえませんか?」
村嶋さん
「あぁ、見たらわかりますから、13時頃でよければ来てください」
よかった!普通の対応だ(*‘∀‘)!!
DAFU
「あの、、TTRの林さんの紹介なんです。最近福岡に引っ越してきて此方を紹介されて」
村嶋さん
「あぁ、そうなんですね!ではお待ちしてまーす」
普通だ!至って普通だ!!!!顔見てないけど絶対イケメンだ!!(←?)
心配事も溜飲がおりて、なにより「見たら判る」という発言、何とも頼りがいのある回答だろうか!さすが林先生がお勧めするだけの事はある。勝手にルンルン気分になるのだが、ふと思い出すのだ。林さんのメールの最後の方に「九州のバイク屋さんはクセツヨな店が多いですからね~」と書いてあったのを。
そしていい意味でそれを日曜に思い知る事になるのだった。
タジマエンジニアリング/ホンダスポーツショップTAJIMA は福岡市南区大池にある。この辺は友人タサキが福大の近くに住んで居た事もあり、よくこの大池通りは通っていた。こんな店あったかな、、、
30年前近くの記憶は錆びついてボルトが回らない旧車のシリンダヘッドの中に入っていて、それは表に出てきたと思ったら、実際は大体がっかりするもんだったりする。昔の女がいつまでも自分の事を想っている、と思い込んでいる事と同じような勘違いだ。男ってバカ…
タジマエンジニアリングはそんな時間が止まったような、ノスタルジックに満ち満ちた、懐かしいような、心がくすぐったくなるような、要は当時の何も考えていなかった馬鹿なくそがきに戻るお店でした。
そしてこういう佇まいの店は大体接客の優先度は店のポリシーの10位くらいだ(笑
実際・・
そんな事は全くなく、年齢不詳のタジマの村嶋さんは(後で名刺もらったら専務でした)蒸し暑い中大汗をかきながらワイヤーの交換をしてくださいました。一つの鋼線だけどとても大事な部品をちゃんと直してくれたので、満足です!
後で飲んでくださいとジュースを渡してそろそろ帰ろうかとしていたら、村嶋さんは他にも修理あるだろうに、作業の手を止めて僕のバイクいろんな方向からしげしげと眺めて、
村嶋さん
「…このマフラー、、うちのですよ多分」
ん!!??
この鉄管マフラーだけは林さんも「どこのか判んないな…」と言ってた代物。ほかの換装部品については「フォークはZRX、スイッチはCBR、これはこれは…、あーこういう改造ねぇ」と言っていた林さんが唯一判らなかったパーツだったのだ。
DAFU
「どういう事ですか?」
村嶋さん
「これはうちが設計してエンデュランスさんに委託して作ってもらったもので、世の中に20本くら
いしかないはずです」
DAFU
「!!!!!!!!!!!!!」
村島さん
「しかも市販に降ろしたのは1~2本しか無いはずです。(同じものを奥から持ってきて)、、
ほら」
巡り巡ってこのバイクの部品は親元に帰ってきたのだ。何という奇跡。邂逅。
妻ちゃんの入院代の足しにと引き取られて行ったCBR600RR、調子に乗ったTAROにそそのかされて買った750F、頼りになるメカニックをとたずねて行ったTTRモータース。TTR林さんの紹介で行ったタジマエンジニアリング。そこは昔よく通っていた大池通りで、約30年前からその店はそこにあって、時間も空間も超えて、僕の人生も巻き込んでこの場所にこのマフラーは戻ってきたのだ。
ただただ感動していると、
村嶋さん
「これ、広島のショップに卸したやつですね。バックステップで判りましたヨ」
もう何か自分がタイムマシンで未来から来たような錯覚にすら陥る感じだ。隣には大学の頃の貧乏くさい、バイク屋さんに一瞥もされない自分がそこにいて、その重厚な鉄管マフラーに目を輝かせている。
そしてそのマフラーは今は誰のものでもない、自分のバイクにきちんと装着されていて、めちゃくちゃにいい音を奏でているのだ。
関わる全ての者と物を巻き込んで、そのバイクはそこにいて、僕はTTRモータースが、タジマエンジニアリングが手を入れたそのCB750Fに乗れる事を改めて誇らしく感じるのであった。
つづく!
コメント