いやね、
別にバリバリ伝説が好きなわけではないの。過去NS400Rに乗っているけど、これは偶然。
むしろバイク漫画はペリカンロードが愛読書だ(!!!)。
CB750Fは僕が幼少期に通っていたバイク屋さんに置いてあったバイクだ。
熊本市の新地団地にあって、アパートの1階でやっていた。店の名前は忘れたけど、それこそ「熊さん」という、背の高い、長髪の方がやっていたバイク屋。
中学校から高校までちょこちょこ顔を出していて、ロクに買い物もしないのにめんどくさい客だったと思う(苦笑。
その頃はバイクに興味がなく、マウンテンバイクに乗っていて、その修理とかに出しにいっていて、なんとなく通い始めるようになった。
僕は訳あって、家に居づらい子だったので、よくそこに行って、大人のお客さに混じって漫画を読んだり、バイクの雑誌を見たりしていた。
ある時、一緒にマウンテンの練習をしてたら、熊さんがジャックナイフをした際に、前転してコケ、頭を切って血を流したことがあった。
なんかすごい申し訳ない事をした気がして、アワワアワワってなって奥さんにすごい謝った。
熊さんが病院に行く間に店番を頼まれ、すごく申し訳ない気持ちで落ち着かなかった事を覚えている。
当然のことながらバイク屋なので、中古や修理のバイクが置いてあって、熊さんがバイクの修理をするのを「バイク屋さんてすごいなー、よくこんなの治せるな~」といつも後ろで見てた。
ある日、赤白のでっかいバイクが作業台の上に乗ってて、熊さんはバイクの周りをウロウロしながら、うーん、うーんと言いながら、
「おまえさ、このバイク買えよ、20万にしといてやるぞ」
って言ったもんだ。
そのにやっとした顔が未だに忘れらなくて、それからずっと30年もやもやと思い続けていたのだ。
そもそも当時はバイクにさほど興味がなかったし、大学になってバイクの免許を取っても、当時は「限定解除」というぶ厚い壁があった。
加えて貧乏苦学生の僕にはお金にも余裕なく、バイクは中免までとったものの、大型まで手が出ることもなく、中国に行くまでに4台のバイクを乗り継いだ。
*因みにSN400Rは長崎時代「バリ伝」好きの人に1万円でドナドナされていった( ;∀;)。
今買うと100万くらいするのね。。。oh。
33歳まで4年過ごした中国から(ほぼ無一文で)帰ってきて、なんと教習所で限定解除が出来ると聞き、バイク復活!といきりたって、免許を取る前にバイクを探し始めるという暴挙…
帰国後はCBR600RRに12年も乗ったのだが、妻ちゃんの病気に伴い、売って入院代の足しにで。も、売ってほどなく妻ちゃんは逝ってしまった。
気晴らしにまたバイクでも…と思ったときに思い出したのが、あの熊さんの
「20万で売ってやるよ」
のCB750Fだったのだ。
大人になって、そこそこお金も使えるようになって、少しの不自由と少しの自由ができて、30年も前の出会いを邂逅して、実現できるなんてある意味幸せ者なんだろうと思う。
興味無かったのに、18で中型免許、33歳で大型免許をとり、この年まで健康でバイクに乗れて、しかも今乗っているバイクが15くらいの頃に出会ったバイクなんて、子供のころの夢をかなえるというちょっとしたドラマじゃないでしょうか。
中国に居た4年の間以外はずっとバイクと一緒。教育実習だってバイクで毎日行ったし、就職の面談もスーツにバイクで高速ぶっ飛ばして行った。XJR400は高く売れて中国行きの旅費になってくれた。CBR600RRは長崎~大阪~東京と妻ちゃんと共に一緒に旅をしてくれた。
ライテクも上がらん、未だに整備も満足にできないけど、まだまだ乗るんだろうと思う。
PS;
なんと、この熊さんまだ熊本でバイクやをやっていました!
嬉しい限り。今は東京に居るので機会は無いですが、いつか実家の博多に帰る時でもあれば、是非CB750Fを見せに行きたいです。
全然覚えてないと思うけど(笑
二輪屋 熊
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