最後の手術の前に・・・
夏前に直腸を全摘出し、秋に右肺を一部切った。それ以降、腫瘍マーカーも異状なく、病状は順調に、少なくとも落ち着いて見えた。
その年は毎年夏に行ってる山口県の土井が浜海水浴場に行けなかったこともあり、また、妻ちゃんの養生の為に温泉旅行に行こうという事になった。
体調も考慮して、近場で日光+鬼怒川温泉に決定した。
生憎の雨模様だったが、蒸気機関車の「大樹」に乗り、湯葉のそばを食べ、雨ならではの風情を楽しんで温泉に泊まった。次の日、TAROは日光江戸村で忍者に襲われギャン泣きした。
楽しかった。パワースポットだし「早く良くなれ、がん消えてなくなれ」と3人で東照大権現にお参りした。
次は左だ
年が明けて18年になってすぐ、左の肺を部分摘出。これも前回同様、準備もささっとして入院。もう手慣れたもんだ、、TAROはばぁちゃんが見てくれている。
手術室に行くエレベーターの手前で、もうこれで最後だ!と言いながら別れ、前の2回の手術同様にがんセンターの最上階のレストランでカレーうどんを食べた。
そして一向に成果がでない英語のテキストを広げて手術が終わるのを待った。
僕はカレーうどんもめったに食べない。
退院の日、二人で「二度とこねーぞ!」とがんセンターに言い残して退院した。
*いや、経過はみせるために来なきゃいけないんだけど(゚Д゚;)
3回の手術が終わり、何回かの検診を行った。
がんが見つかって約一年後、2018年のGW直後の検診で、主治医から「腫瘍マーカーも異常ないし、次の検査は8月末でいいかな」と言われた。
妻ちゃんはすごく喜んだ。今までにないくらいガッツポーズをしてた。イエーイって皆でハイタッチした。病気以降あんなに喜んでいた妻ちゃんを見るのは久しぶりだった。
この間も色々あった。
TAROは七五三のお祝いをし、
アビスパ福岡はJ1昇格を逃し、
富士山に行って綺麗な紅葉を見、
スペースワールドは無くなり、
東京は大雪が降り、
箱根駅伝を日本橋で見た。
ツインリンクもてぎでみんなで遊んだ。
妻ちゃんの体重は入院前から10kg近く落ちていた。入院するたびに体に穴が開き、傷がつき、それは10か所以上だった。
でもまた昔のような生活に戻ると、それは戦いに勝った勲章のようなもんだと僕は思っていた。
⑤ に続く!!
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